ということで、記事は削除いたしました。

学生諸君

学生諸君。
唐突だが、地球が滅びようとしていたとする。
いったい君はどう行動するのか。

君にそれを問いたい。
君の「いのちの力」を、わたしは知りたい。

雑草のように命をつないでほしい。
命をつなげば希望はそこにある。

野糞のように、もとい、野草のように、雑草のように
たくましく生きる無骨なヤカラが好きだ。

たとえば、とある状況に立たされる。
そのとき君がどう出るのか、それをわたしは知りたい。

君はそこから逃げるのか。
それとも正々堂々と、挑むのか。

そうなったらどんなにうれしかろうに、
残念ながら、今のこの世の中、
根性ナシばかりか? 情けなや。

学生諸君!

この訴えが届く耳と魂を持つヤカラが果たしているのかどうか。
それも疑問じゃが、まぁよかろう。
信じれば未来はそこにある。
つまり学生諸君。
君たちの未来は明るい。
限りなく明るい。

友だち

友だちなら
もしも誤解が生まれたなら
それを埋める方向に動くだろうか
真剣に考えるだろうか

友だちなら
もしも亀裂が生じたとしても
ささくれだつ心のままに
仕返しの刃(やいば)を研ぎはしないだろうか
時間を置いて心の平穏を待つだろうか

悪意なく刺してしまったその応報に
あからさまな悪意を向けられたとして

どうして悪意を向けられたのか
感情を交えずに考えるだろうか

わかりやすい悪意をストレートにぶつけるのは
擦れていないからだろうか

わたしなんぞ穢れて汚れて
人なぞ容易に信じない

友だちという言葉を
簡単に使い
簡単に捨てる
あの子のことを考える

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以下、「若きウェルテルの悩み」(ゲーテ/高橋義孝訳)より抜粋

奸計(かんけい)や悪意なんかよりも、誤解や怠惰のほうが
よっぽどいざこざの基になるんだね。
すくなくとも前の二つのほうがたしかに珍しいんだ。

心の言葉

理屈を超越した部分で、つまり、
直感や勘の分野でだろうか、
言葉を連ねる

それがわたしには届かない
心の言葉は
心で感じるものだろうか

もっともっと
心の耳を澄ませよう

クサンティッペ

心が叫んでいる

言葉があふれるのは
久しぶりのことだ
しかるに見える表情は氷のよう

クサンティッペのことを調べていて
佐藤愛子さんの次の言葉に共感した
「ソクラテスのような男と結婚すれば
女はみんな悪妻になってしまう」

ソクラテスは逆上するクサンティッペを冷静に眺め、
水を浴びせられてなお、平然としていた

それが今のわたしだ

ソクラテスよ
あんたはクサンティッペに千回刺されてもまだ足りない

ソクラテス

ソクラテスはクサンティッペに「悪妻」というレッテルを貼り、
一生はがさなかった
理解できない存在なのだと決めつけた

ねぇソクラテス
レッテルはいけない

クサンティッペは理解できない存在なのではない
今のソクラテスには、まだ理解できないのだ

その視点から出発しなければ
人は永遠に人とわかりあうことはできない

人間は多面体

人間は人それぞれみな、多面体だ
わたしに見えている一面は
あの子のどの部分だろう

ほかはどんなふうだろう

トンネルの出口を一緒に探そう

もしもハッピーエンドを目指すなら
もしもハッピーエンドを目指さなくても
正しく伝えたいなら、今は待とう

ふたりとも心から血が流れている

血がとまったら
トンネルの出口を一緒に探そう
友だちってそういうことだよね