3月20日追記

書くことで心の整理ができたようだ。
旅のことを思い返しても、心が波立たない。
美しい風景、おいしい食事、そして、父母の笑顔が浮かぶ。
すこぶる平安な思い出。

その証拠に・・・なるか・・・な、
今朝がた、夢を見た。
父母とひとつ屋根の下に、暮らしていた。
母が、2歳の(ころの)次男をお風呂に入れてやっていた。
楽しそうだった。
父は仕事に行った。
スーツが似合っていた。
かっこいいなと思った。
しあわせな夢だった。

血のつながりというものを、いとおしく思う。
不思議な感覚だね。

台湾から戻って(エピローグ)

台北の忠烈祠にて昨夜は11時過ぎに帰宅し、AM3時半までかたづけをした。
心の疲れが抜けず、アルコールなどの助けを借りて、眠りについた。

今回の旅でのこと。一例だが・・・。
撮影に夢中になり、気づくと3分ほどだろうか、父母を待たせてしまった。
「早く戻らんか!」と、険しい表情で怒鳴る父。
それに追い打ちをかけるように、
「団体行動っていうものがあるでしょう!あなたって人はどうして・・・」
と、長々と、説教をする母。

・ 運よく3人だけの水入らずのツアー。
・ 他のお客さんがいない。
・ ガイドさんは借り切り。

そういう甘えが確かにあった。わたしにも反省すべき点はある。
しかし、わたしは大人だ。一度言われればわかる。
「次回からは気をつけてね~」
それで十分だ。

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本日以降、「心を見つめる作業」をする所存。
うやむやにせず、正面から立ち向かおうと思う。
考えないようにすれば、次第に忘れたかのように感じる。
でもそれは、茶わんをバンソウコウで直せないのと同じ。
ことあるごとにパックリ開く。
何度でも「パックリ」開き、その都度トラブルが生じる。それはバカ。

なぜ憎しみが生まれるのだろう。
心を麻痺させるという消極的な防御ではなく、
賢く!切り抜ける術を身に着けたい。
ありのままのすべてを、「よしこい!ドーン!」と。
かっこよく愛したい。

愛と憎しみは、うらはら。

あなたが変わりなさい、ではなく、わたしが変わりたい。
どうかどうか、お天道さま。
さらなる剛毛を、わたしの心臓に授けてください。

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さて。

今回のわたしの任務。
第一の任務。
ふたりに不快な思いをかけないように注意を払う。
そして、第二は、ふたりに、仲良くお過ごしいただく。

それがなかなか難しい。
爆弾は突然破裂するのだ。

神経を使い、注意をはらっているつもりでも、地雷を踏む。
ひとつは、わたしが鈍感で空気が読めない、ということがある。
また、なぜ怒鳴られたのか、あとから考えてもよくわからないというものも多く、それは防ぎようがない。

旅行期間中、頻繁に場の空気が凍りつく。
たとえば・・・。
母:「どうして銀杏をそんなに(たくさん自分の皿に)取るのよ!全体の数を数えなさいよ!」
父:「どうしろというんだっ!」
母:「銀杏をわたしにくれればいいんです!」

いちはやく笑顔にお戻りいただけるよう、わたしは無い知恵を絞る。

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ここまで書くと、いかにも娘(わたし)は悪くないかのように見える、かもしれない。
でも、そうではない。

笑顔で乗り切ろうと、決意をしたはずなのに、緊張の糸が切れる瞬間が生じる。
わたしの口から発せられた言葉が、
「(だったらわたしはひとりで先に)帰ります!」
だった。

「帰ります!」
だ。
歴史に残る失言だ。(恥ずかしい・・・)
他に、
「もう写真は二度と取りません!」
と。(恥ずかしい・・・)
無意識な失言は不明だが、言ってはいけないと承知の上での失言はその2つ。
最悪な失言だ。

「へぇ~。帰れるものなら帰りなさいよ。帰れ!!!」
と母。
すぐにあやまったが、言ってしまった言葉は戻せない。

ひどい娘だ。
空気が読めず、気がきかず、おまけに逆切れだ。

父と母は、頻繁に、金剛力士のような険しい表情になる。
それは仕方ない。それがありのままのふたりなのだから。
しかし、「旅行中はずっと笑顔でいる!」と決意していたはずのわたしが、
ときどき、そういう表情になっていた。

ひどい娘だ。
「そんな怖い顔をするんじゃありません!まったく子ども(=幼い)なんだから!」
などと、お叱りをいただいて当然だ。

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父と母は、愚かな娘を寛容に受け入れ、辛抱してくれた。
ふたりなりに99%を見逃してくれていたのだと思う。

でも、ごめんなさい、おとうさん、おかあさん。
その「1%」を、耐えるのがわたしにはきつい。

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同じことを繰り返さないために、「学習」したい。
二度と不快な思いをかけたくない、そう願い、
鈍いなりにも、せいいっぱいアンテナを張る。
それでもなお、アクシデントが頻繁に生じるのであれば、
「コミュニケーション」が必要なのだ、と、わたしは思う。

コミュニケーションが嫌いなのはわかる。
ふたりはそれぞれに、唯我独尊の神であらせられるのもわかる。

でも、どうか、
「理屈っぽい!うるさい!」
と言わずに、娘の言い分も、
たまにでいいので、少しでいいので、聞いてやってください。

わたしという人間は、これ以上のものでも以下でもない。
できることはできるけれど、できないことはできない。

もしも願いがかなうなら・・・

1.突然怒鳴るのはやめてほしい。
2.希望を伝えるにとどめてほしい。人間としての尊厳までをも打ち砕かないでほしい。
3.こちらの言い分も、少しは言わせてほしい。

かなわぬ願いだ。わかっている。
それがありのままの両親だ。

ふたりは、「急所」を心得ている。
深く差し入れ、痛いところで、グリグリと回す。
「バカだ、子どもだ、うるさい、常識がない、まったくあんたって人は!」
と、毎日言われ続ければ・・・

言われ続ければ、
人間としての尊厳を失う。
今日まで地道に築き上げてきたものが、からっぽになる。
からっぽ。

思い返すと、生傷から血が流れ出るような、
そんな旅は悲しい。

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とは言うものの。

愛と憎しみはうらはら。

旅であらためて思った。
父と母が大好きだと。

父は今年80歳。
車にひとりで乗れず、ガイドさんと運転手さんにその都度、乗せてもらっていた。
肩が上がらないので、上着をひとりで着られない。
父の荷物はすべて母が準備し、母が持ち、父は手ぶらだった。
あんなにお話をよくする人だったのに、黙っていることが多い。
移動時間はいつも眠っていた。赤ちゃんのようによく眠る。
帰りの飛行機の中で、父の肩と手のひらをもみながら、
いとおしくてならなかった。

母もそうだ。

母はわかっているのだ。
何もかも。
決して言わないけれど、わたしのことを認めてくれている。
怖い顔と小言は、ひざをトンカチでたたくと、ポンと足が上がる、あれだ。
悪気はない。
適度に(かつ誠実に)聞き流して、同じことを言われないように注意すればよいのだ。
(状況が少し変わると、デリケートな判断が必要で、小言から完璧に免れるのは至難の業だが・・・)

母は小言を言うのが仕事。
わたしは聞くのが仕事。
それでいい。
わたしがそれを割り切ればよいのだ。

「まったくもう。うちの娘はいつまでたってもバカで手がかかる」
そう思っていただいてナンボ。そうだ。そうなんだ。(今気づいた!)

母はパワフルな女性だ。
好奇心旺盛で、行動力があり、根性があり、人生をいつも攻めている。
よく動く。よく働く。

今年74歳。
現役のエレクトーン講師。
旅行の前日まで仕事をし、きょうも、(横浜から渋谷へ)仕事だと言っていた。

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飛行機の中で、肩をもみながら、
「100点満点で言うと(わたしのマッサージは)どうですか?」
と聞くと、にやっと笑って
「10点かな」
と。さすが母!

なかなかほめないが、それでも、ほめてくれるときがある。
ここぞというときに、だ。
それがうれしい。

父と母にほめてもらいたい。
それもわたしの生きる原動力のひとつだ。