追記 3月2日

お金や商品券が出てきます。
たとえばPTAで支給された交通費(小銭)。
金額が書かれ、封筒に入ったまま出てくる。
てんぱっていると、そのままシマイコンジャウんでしょうね。

「あしたやろう」
が、のびのびになって10年。
すべてがその調子。

図書券は、次男へのボーナスになりました。

追記 3月1日

車にめいっぱい積み込まれた状態今朝、狭山市の処理場へ、ゴミ出しに行ってきました。
持込は10キロあたり40円。
(前後に)車ごと計量し、ドライブスルーで(差の重量分を)お支払いです。
それが、前回300円、今回は、600円。

窓口の人が
「たくさんでしたね」
と。余計なお世話だわ。うひ。

パソコン関連の雑誌など、紙類が多かったです。
10年前のスキャナーも重い。
その他、フロッピーディスクが1箱とか、衣類もどっさり。

すっきりしたわ。
半分山を越えた感じ。(まだ半分)

本文

次男は目的に向かって停まらない。
したがってわたしも停まるわけにいかない。
毎日、毎日、がんばるのみ。

あしたは朝、たたきおこされて、
清掃センターへ車を出す。
ゴミ出し、第二弾。

何が疲れるかって
・もしかしたらコレは何かの役に立つかもしれないのに。
・この子(モノ)の人生(モノ生)は、これでよかったんだろうか?
と、ひとつひとつを捨てるたびに、思いが入るから。

疲れるもうひとつの理由は、
ひとつひとつの「モノ」に思い出があるから。
そして、楽しい思い出ばかりとは限らない。

大好きだったお友だちからの最期の手紙。
笑顔の写真が同封されていたりする。
これは捨てられない。

息子の5才のときの手紙には、
「おかあさんおはよう そこのすいはんきのみきにおへんとうがあるからそれおたへてね」
と書かれてあり、これも捨てられない。

思い出にひたっていると「司令官」に怒られるので、
もくもくとガンバル。

次男には「家をきれいにしたい!」という強い意志があり、
かつ、捨てることに抵抗がない。

「え?あれは?」
「捨てた」
「うそーん。あれはコレコレしかじかで・・・」
「どんまい!^^」

まぁ、それくらいの強い「牽引」がなきゃ、わたしには一生なしえない大事業だわ。
どうしてこんなものまで取ってあるかってくらいに、
細かくあれもこれも保存している。
旅行のパンフ、家計簿、領収書、シール、手紙、はがき、信販の明細書・・・。

洋服も、着もしないものが取ってある。
どうしてもシミが取れないような服でも、染めたら着られるかもとかさ。
誰がいつ染めるんだよ!

シャケやジャムのビンも、30個くらいあったかも。
みんな捨てた。
とにかく多い。

途中でめげそうになって、何もかも投げたくなるけれど
「司令官」に怒られるので
「いつかは終わる。いつかは終わる」
と呪文を唱えて、ガンバル。

司令官は鬼というばかりではなく
「だいぶがんばったよね?」
と聞くと
「うん。がんばったね^^」
と言ってくれる。
「いつかは終わるよね?」
「終わるよ!」
と言ってくれる。

ここで母のモチベーションをキープしておくことが、
彼の無上の喜び(=家がかたづく)に繋がるのだから、
うかつなことを言えないのよね、母とのつきあい長いからな。

機関車は停まらない。
司令官の意思は強い。
目的に向かってパワー全開。

ボロゾウキンは、ズルズルと牽引されておるのだ。