追記 2013/1/9

お正月は1日に実家へ。そして1日から2泊、長男夫妻をお迎えし、楽しく過ごした。
けれど、お客さまをお見送りをしたあと、夫のブレーカーが落ちた。
ご飯を食べず、お風呂も入らず、歯も磨かず、テレビも見ず、真っ暗な部屋で布団をかぶっていた。

相当に無理してガンバッタのだろうと思う。
ふたりを迎えることさえ最初は難色を示していたのに、じわじわ巻き込んでしまった。
掃除、かたづけ、布団の準備など手伝ってもらった。
嫁ちゃんがいる間は終始、「ニコニコ」していた。
「はずむ会話」なるものも、やってのけちゃったりしていた。すごいことだ。

できれば誰とも関わらず、ひとりで勝手なことをしていたいのに、無理をさせてしまったと思う。
ネジを巻きすぎれば、バネが切れるよね。

ひとたび閉ざしてしまったら、待つしかないのだと、30年の結婚生活で学んでいる。
息をしているかどうかだけ確認し、わたしはわたしの生活を続けた。

3日目、かな、何ごともなかったかのようにモゾモゾと「戻って」きた。
「どこに行ってたの?」
と笑って聞いたら
「どこにも行ってないだろう(何を言ってるんだこのバカが)」
と不機嫌になった。

年末から長引いていた風邪がやっと楽になったと思ったら、久しぶりに「お客さま」が来た。
きょうは元気大学に行く日なのに、テンションがダダ落ち。
どこをどうすれば、着替えて車に乗って出かけられるのだろうかと、気が遠くなった。
車に乗ったら20分ほどの距離なのに、まるで宇宙の果てのようだ。

ため息が出る。

年末、高校生のお友だちと映画を見に行ったとき、
彼女が「わたしたちって(こうですよね!)」という表現をしてくれたのが、なんかうれしかった。
不登校でアスペルガーで発達障害な仲間なのだ。

スイッチが切れたときは、スイッチが入るまで待つしかない。夫もそう。
「わたしたちって」というくくりは、あまりにアバウトで乱暴だけれど、まぁいいかと思う。

更年期障害の症状はだいぶ楽になった。
デパス(のジェネリック)を飲む時間がどんどん繰り下がっている。
15時ごろには「もう無理!」と飲んでいたけれど、睡眠導入剤と一緒のタイミングでOKのときもある。
ホットフラッシュはない。
身体のだるさもない。

体力が落ちてしまったので、体重を戻したけれど、
また少しずつダイエットをしても、「からだ」はだいじょうぶそう。

問題はこころだ。
これも待っていれば自然にスイッチが入るかなと。

年末年始のあれこれが、心に来たのかもしれない。

布団を返すのを手伝ってもらいたかったが、あてがはずれた。
ひとりで干した布団を取り込んで、
ひとりで車に乗せ、
ひとりでお友だちの家まで運んだ。

「だから布団屋に頼めと言っただろ?」
「自分で借りると決めたんだから、人を頼りにするなよ!それが筋だろ?」
と言われそうだ。

次回は布団屋さんに頼もうと思った。
大変な手間だもの。7階だし。

追記 12/23

クリスマスコンサートの打ち上げから帰ったら、
夫の機嫌が悪くて、楽しい気分がしぼみました。

追記 12/13

Shadeは山を越えた。楽になった。
「表現」の「幅」が広がってゆく。
伝えたい思いを「形」にできるのは、喜ぶべきことだ。

きょうはでも。
発達障害なのだ。と。思い知った一日でもあった。
発達障害なのだ。と。開き直った一日でもあった。

狭山市主催のパソコン教室。見学した。
確かに。インストラクターとしての教育を受けた優秀な方だった。
でも。でも。
セルのロックを解除し、シートの保護をするというその工程を、
3回説明し、相手に理解させることのできなかったその原因が
あなたにあるというそのことに気づかないのは、どうでしょう。

事務局の方がわたしに
「受講生にレベルの差がありますから」
と言っていたけれど、
「ふぅ~ん、あなたの生徒のせいにするのね」
と。その時点でアウトだとわたしは思うよ。

欲求不満がたまる。

あなたは正確な情報を伝えることができました。
あなたは自信のないことを、
「正直言ってわかりませんが、確かなことがわかりましたらお伝えします」
と、伝えることができました。
あなたは受講生に背を向けることなく、ホワイトボードを指示棒で指し示すことができました。
あなたの声は明瞭で、速度は適正でした。
あなたは受講生のどんな質問にも、嫌な顔を見せることなく、真摯に繰り返し、対応することができました。
あなたは、インストラクター研修で学んだとおりなのであろう、100点満点のインストラクションだったのでしょう。

あなたはしかし。
受講生ひとりひとりの目の輝きをご存じないのです。
あなたは迷子になっている受講生を、感じることができないでいました。
なぜ、どこで迷子になっているか、わたしにはわかりました。
あなたは20人を相手に、指導書どおりに伝えているだけなのです。

あなたは、そこに気づかないのですから、ホワイトボードを使う必要も感じないのです。
その身体を使う必要も感じないのです。
ジェスチャーをまじえて、めりはりのある声で、伝える必要を感じないのです。

あなたはその舞台の上で、パフォーマーだということをご存じないのです。
あなたは主演女優なのです。
受講生の歓声を、そしてどよめきを知らないままでいるのは、もったいないことです。
その喜びを知らないのは、とても残念なことです。

あなたが、自ら、パソコンに対する愛と情熱を伝えない限り、
観客もまた、あなたからそれを、感じることはありません。

追記 12/9

IllustratorとPhotoshopを勉強しているときも、とても苦しかった。
今も、Shadeが苦しい。
そこを乗り越えたら、
どれほど楽しい世界がわたしを待ってくれているか、
わたしは知っているの。

山がそこにあり、わたしは登りたい。

追記 12/1

心に穴があいていて、
歌ったり描いたり書いたりしてみたけれど埋まらず
思い切ってお昼寝(お夕寝)をしてみた。
お夕寝のつもりが朝まで。
12時間も眠っていた。

心の穴はなくなっていた。

心は不思議。
刻々と変化する。
何人ものワタシがいる。

ワタシ?
ワタシなのかなぁ。

追記 11/30

「おとうさんへ」
ではじまるお手紙を、書くとしたらどんな感じだろうと
このごろ少し思うようになった。
手紙を書くことで何かが変わったら、妹は喜ぶかもしれない。
何かを変えることのできる手紙を書く能力が、わたしにはあるかもしれない。
たくさん考えてたっぷり時間をかけていろいろな人に見てもらって、
という条件でなら。だけど。

ココに書くことでTwitterやFacebookがゴミ溜めでなくなった。
それは大変よいことだ。
ゴミ溜めに来たいと思うお客さまはいないから。

先週、月1の通院で、デパス(ジェネリック)を2錠から3錠に、増やしてもらった。
夕方になると首筋から頭にかけて痛くなるので、0.5ミリを2錠、飲んでいる。
残りの1錠は「おまもり」。
このおまもりは必要だよ。

「こわくない、ほら、こわくない、ね?」。
キツネリスはもう、ナウシカを噛まないでしょう?
おまもりは必要。

追記 11/18

半年ぶり?に生理。
わたしの身体はまだ、混乱のただ中らしい。

追記 11/16

映画「アマデウス」を見ると、
「あー、わたしがいる」
と思うんだ。
わたしは天分のないモーツアルト。なんだ。
煮ても焼いても食えねぇ。

うちには天分のないモーツアルトがふたりいるの。
夫とわたし。
どーしょーもないな。

妹への手紙より

頭痛はもうだいじょうぶですか?
頭が痛いのはつらいですよね。

作戦とか楽しいとか。
「道徳の教科書」かなぁ、それはニンゲン用かな。

それ以前に、楽しいってなんだろう。
なんで楽しくなくちゃいけないんだろう。

おとといの帰りの総武線でのこと。
電車が止まり、人がたくさん乗り降りしました。
わたしの両隣があきました。
そうしたら、ふたりぐみの方がこちらに歩いてみえたので、
おふたりが並んで座れるように脇に寄りました。
「すみません~」
「いえいえ~」
と言いながら、ホームをみやると、代々木という文字が目に入りました。

「あ!代々木だ!」
と、ゆっくり叫びました。
気づいたら思わず叫んでいたのです。
そして、立ち上がって、
何事もなかったかのように、ゆっくりドアの外へ。
と同時にドアが閉まりました。
セーフです。
(よい子はマネしちゃイケマセン、キケンです)

きっと、わたしがいなくなった車両では、
独特の「ウププ」な空気が充満したろうなと思います。
わたしもなんだか楽しくなりました。

たとえば、介護するときに見えないところでちょっとだけチクっとするのは楽しいだろうなぁと思います。

「痛かったね~」
と、イイコイイコします。
父のアタマは少し、ハテナになります。
でも、父はなんとなくしあわせな気持ちになります。

ふたりともしあわせ。

追伸 11/15

台湾の旅行で。
3回、がまんしたのだと言う。
父は3回、がまんしたのだ。
いきなり激怒したわけではない。

父は待たされるのが嫌いなのだ。
「1分」は父にとって長く、
許容できる範疇を超えている。
父はその1分を3回、
心の中で誰にも言わずに辛抱した。
4回目に切れたのだ。
寝耳に水だったのはわたしだけだ。

母は、台湾の旅行で体調が悪かった父のことが
心配でならなかった。
分厚いガイドブックの入った父の荷物を
すべて母が持ち、肩がパンパンだった。
おまけに娘ときたら、何度注意しても、
カバンのチャックはあけっぱなし。
イライラと心配と疲れが入りまじり、
母のコップの水は今にもあふれそうだった、
そんなとき、父の爆弾が破裂した。

それで母も父とともに切れたのだ。
寝耳に水だったのはわたしだけだ。

追伸 11/14

「わたしが子どもたちの愚痴を言おうとすると、
姉に過去を思い出させてしまうみたいで(言えない)」(妹)
「まだ生々しいのね、(おねえさんの)傷が」(カウンセラー)
「生々しいっていうことは、吐きだした方がいいってことですよね。
妹に聞いてもらうとすっきりします」(わたし)
「出していく作業とは、そういうことなのですか?」(妹)
「そうよ。もうすでにいい関係ができているんじゃないの。
おとうさんと話をして、おかあさんと話をして、おねえさんと話をして。
ご姉妹、本当に仲がいいんですね。うらやましいです」(カウンセラー)

=-=-=-=

「姉のいいところを、たくさん気づいていた。
母を見て、わたしだったら姉のいいところをこんなふうにもあんなふうにも
伸ばしてあげられるのに、と高校生のときに思った」(妹)

=-=-=-=-=

「家族とはいえ、カタマリに考えなくていいのでは?
もっと距離を置いても・・・(よいのでは?)。
介護の問題は今はまだ(考えなくてもよいのでは?)・・・。
(介護は第三者に)ゆだねることもできますし」

追伸 11/13

きょう妹がさがしてくれたカウンセリングにふたりで行ってきた。
いい先生を探してくれてありがとうございます。(感謝)

収穫がザクザクあったように思う。
そのひとつは。

その人はじゃじゃ馬でね、
そうだね、センセの言うように、「発達障害」だね、
誰からのどんな束縛も容認できない。
受け入れられない。
親の片方は彼を放置したけれど、それはそれで、ある意味で正しかった。
もし仮に誰かが彼の手を引き、導こうとしたならば、
それがたとえヘレン・ケラーであってもね、
野獣のように暴れたろう。
彼はヒトじゃない。ケダモノなんだ。
少しでもそんな「空気」を感じたら、
何らかの「圧」の気配を感じたなら、
全身でそれを阻もうとするんだよね。

「ハイテンションですか?」
と問われたけれど、意味がわからない。
ハイテンションというのは、
歌うでしょ、踊るでしょ、
いつ息継ぎするんですか?てな調子でハイスピードでしゃべり続けるでしょ、
で、止まらないでしょ、
そういうのじゃないんですかね?
きょうのわたしは、ぼーっとしてマシタ、よね?
うむ。

他人と対峙しているということは、
その時点ですでにスイッチはオンです。
玄関を出たらスイッチオン。
元気なくうつむいて歩いているわたしを見たことのある人、いますか?
いませんよね?

外で電池切れになり、
4歳の次男に迎えに来てもらったことがあったけれど、
もう20年も前のことですから。
というかわたし、外、出ないし。

外に出るということは、
宇宙飛行士が船外活動をする的な。
指差し確認、137項目、1から137まで全部オッケーよ!
2分30秒までオッケーよ!
みたいな。

外に出るということは、
それくらいに覚悟のいることでしょう?
そうですよね?チガイマスカ?

で。
話が変わりますけど、
父母とわたしだけで対峙するのは無理カモ、カモ、カモということに、
なりやした。

そうカモ。
夫などの緩和剤があると、だいぶ違う。
極力そうすべ。
ということになりマシタ。

もしくはこうよ。
つまり、
緩和剤なしで対応しなきゃならねぇべ、というときに、
「わたしはヘルパーの仕事で来ています。仕事ですから」
と。
甘えナシ。
お客さま(要介護の方)は頑固でわがままなクレーマーという場合もある、カモ、しれません。
ですが、仕事ですから。
笑顔でプロフェッショナルに徹しましょう。

そしてわからないようにこっそりチクっとする。チクっと。ちょっとね(るん)。
「やっぱり、するわけ!?こわ~い」
と妹はびっくりしていました。(いい子だなぁ)
スンマセン。するかも。なにせ野獣ですから。

苦情を賜る場合は、つつしんでひたすらおわび申し上げます。
それでどうよ?
オシゴトならば、
「あたしだってアタマきた!もう帰る!」
なんてタワゴトはイイマセン。ですよね~ね~ね~。

カウンセリングの方の前で、わたしと妹がふたりで、方向性を見出しました。
「わたしは必要なかったですね~」
とカウンセラーさんが笑っていましたが、違います。

必要です。今回も大活躍だった、と、彼は思っています。

彼がボクがボクが、って言うから、
ボクってこんなにかわいそうなんだと、いつも大騒ぎするものだから、
妹はワタシダッテと言えないでいるんです。
穴を掘って、
小さい小さい声で、ワタシダッテ、ワタシダッテと言っているんだよね。
そんな小さい声を、カウンセリングの先生は気づいてあげていたように、ボクは思うのです。

ボクって誰やねん。語りの主役はどうなっているんだ?というツッコミは、こちらまで。

妹への手紙より

1.姉自身が、両親との関わり方を劇的に変えるか
2.両親と今後、一切関わらない、会わない、介護しないことにする
(もし○○であれば、1か2の)どちらかしかないと思います。

(どちらかしかない)(断定?)

「劇的に変える」
とは何をどのように?
満点を基準に、達していない部分で測るという、例のそれではないと思いますが、なんだろう。

「他人とは比べない。昨日の自分より1センチでも上達したよ、ということが大切です」
そんなふうに、今、資料をお手伝いしているビリヤード教室の先生が言っていました。
お手伝いしているのは、ビリヤード指導者を育成する講習です。

「たとえ玉がポケットに入らなくても、そこを指摘するのではなく、○○ができるようになりましたね~、と、できるようになったことをほめてあげてくださいね」
と、そんなふうに、ビリヤードの先生は言います。

きのうより、何かがスコ~シ、変わるカモ・シレナイ。
そうでないカモ・シレナイ。
2歩進んで3歩下がるカモ・シレナイ。

それを。劇的に変えるって。

げ・き・て・き・に!
か・え・る!

父は昔、腫物か何かのように言っていました。
「いつかきっと変わる(治る)」
と。

40年でそれなりにスコシ変化しているように思うのに、
「何、そのチンケな変化は?(笑っちゃうよね~)」
と。(言ってない)
だったら血を吐いて倒れるほどがんばればいいのか?
(だから誰もそんなこと、言ってないってば)

無防備に傷口を開くほど強くないな、と思いました。

追伸(11月6日)

日曜日。アダムジャパンさんの地図を作っていた。
途中で疲れてしまったが、ここでくじけたら二度と再開できなさそう。
根性出し続けたら、夕方、倒れてしまった。
酔ってもいないのに、飲んでもいないのに、世界がグルングルン回っていた。
首のつけねからおでこにかけて、冷たい金属でキリキリされるみたいな、
銀紙を、奥歯でギシギシ噛まされているような、
もう無理、座っていられないの、と、思った。
メールをしたら、宗大が水と洗面器を持ってきてくれた
「リダイヤルで僕に繋がるから」
と、電話の子機を渡してくれてた。
薬(デパス)を飲んで休んだら、だいぶ楽になった。

追伸(10月20日)

エネルギッシュなオーラを放ちつつあるようです。
100万ボルト。
無駄に明るくて声がでかいっす。

(以下、読むに耐えない文章です)

追伸(10月17日)

公的な「お道楽」。
あれこれ、なにやかや、いちいちカチンと来る。
「道案内」が「しろうとシゴト」で、迷子になる。
一番前に座りたいから誰よりも早くに来ているのに、「ここに座れ」と指定される。
座ったら座ったで、「順番を間違えた」と言われ、荷物を持って移動。
ところが新しく指定されたその席には、お役所のお局さまの「おんお荷物」が鎮座。
結局、講習が終わってみれば、席の指定には何の意味もなかった。
グループ分けのためと言っていたけれど、2回の講義中、グループの「グ」の字もない。
「もう、どの席に座っていただいても結構です」
と。今さら?
好きな席に座らせろ。

税金でやるコトだものね~。
倒産することもないし、のんびりしていていいわな~。

だいたいだよ。
そもそも、池上彰さんのニュース特番を見ていたとき、夫が
「誰の台本なんだよ」
と軽々しく言い捨てるから、
「そりゃそうよ!台本はあるでしょう!」
と。

台本はあるのよ!
それを踏まえた上で、客観的に各メディアの主張をとらえればよし。
各新聞社、各テレビ局、その他。メディアは「事実」を「脚色」する。そういうものだ。
「何が伝えたいか」という趣旨は、個々に異なる。
ニュアンスが、180度、変わる場合もある。

「いつどこでどんなふうに、親が幼いわが子を殺しました」。
その事実をどう伝えるか。

ボケボケ聞いていると、メディアの罠にはまるわな。
「なんてひどい母親かしら。お子さんたち、かわいそうに」
「そこまで追い詰められていたなんて。母親をなんとか助けてやれなかったのかしら」
と、感じ方が変わってくる。
それが、メディアの「狙い」なのだ。
報道とは事実を伝えるだけではなく、視聴者に「感想」を与えるのが仕事だからだ。
「感想」を与え「行動」にまで結びつけることができたなら、メディア的に、はなまるだ。

でね。
池上さんの報道番組を、わたしは好きなわけ。
池上さんの番組なのだもの、池上さんの色に染まっていて、それでいいじゃない。
承知の上で見ている。
それをね、
「誰の脚本なんだよ」
と、ちゃちを入れるあなたは、どれほどの見識を備えているわけ?
新聞を読んだこともないくせに。
と思うわけよ。
更年期障害まっただ中で、イライラ絶頂。
荒れていますよ、悪かったわね。

追伸(10月16日)

今朝のめざめは久しぶりにすこぶるよくて、
手のひらに貼っているサロンパス。
いつもは、生徒さんがいらっしゃる直前にはがし、帰られたらすぐに貼る。
家族からヒンシュクの「常に香るオンナ」でありんすが、
きょうは、はがすのが怖くなかったし、はがしても痛くない!
身体全体が軽いのですよ。どうしたのだろ。

追伸(10月16日)(きのうのこと)

できれば行った方がいいんじゃないの?
という、そのプレッシャーが重い。
絶対に行かなきゃいけないってことなら、観念して行くし、
行かなくてもいいのなら、それはそれで、絶対に行かない。心もへっちゃら。
でも、「行った方がベター」という、そのさじ加減が、きつい。

少し動くと、息切れ。はぁはぁ音たてて息をしている。
「玄関から外に出る」というのは、わたしにとって、エベレストに登るほどの難関なのだ。
「シャワーを浴びてから外に出る」なんて、考えただけで貧血で倒れそうだ。

病院の提案のように、クスリを増やしてもらうというのは、試してみる価値があるかしら。

追伸(10月15日)

ゼイゼイ息切れしてしまう。
座っているのがきつい。
ビリヤードをお休みした。

昼ごはんのあと、チョコモナカジャンボがどうしても食べたくて、食べた。
乾いた土に水が染み込むように、すっと入ってしまった。
10個食べても、胃がいっぱいにならない気がした。食べないケド。

追伸(10月10日)

最近、夕方になると、目の奥、眉間、コメカミからぐるっと回って首の後ろ、そして肩に、「グリグリ」が来る。
痛い、というのともまた違う。疲れのかたまりがそこに集結しているような?
グリグリしめつけられるような?
それとは別に、手のひらが震えて、力が入らないような、かゆいような。
うまく言えないが、不快。
仕事のない日もそうなるので、クスリの副作用(禁断症状)、なのだろうか。
デパス(のジェネリック)0.5ミリを2錠飲むと、「グリグリ」が何ごともなかったかのように、楽になる。
サロンパスを手のひらと足の裏に合計4枚。眠るときに欠かさず貼っている。
必需品になってしまった。
次回、病院で聞いてみよう。

朝はまだクスリが残っているのだろうか?、グリグリはない。
グリグリはないが、だるい。
立ちくらみもある。
座っているのがしんどいので、朝食後、1時間ほど横になっている。
日曜日の終日の外勤がきつかったからかなぁ、ここ3日、横になると眠ってしまう。

更年期が過ぎれば、楽になるのかな。

追伸(9月29日)

昨日、ひと月ぶりの病院の予約日だった。

「胃の調子はどうですか?」
と聞かれ、そう言えば痛くなっていないなぁと。
2回ほど、「来る!」という波を感じたが、クスリで逃れられた。

「なら胃の薬も余っていますね?」
と、医者は在庫の管理もしてくれはるのね。

デパス(のジェネリック)は失敗した。
余っているけれど、ひと月は越せないやん。
ないものと思って、辛抱しよう。

手の震えは夜ごはんを食べるようになって、改善されている。
貧血もずいぶんよくなった。

追伸(9月23日)

父は、自分なりのストーリーを作る。
父なりの想像を勝手に加味し、完結した、もっともらしいストーリーをでっち上げる。

父にはでっち上げているつもりなど毛頭ない。
だから、でっち上げという表現は言い過ぎだ。スマン。

美談や感動する話(苦労して成功する話など)が大好きなのだ。
「ステレオタイプ」。これよ。父はこれなの。
父の回りの人物は、脚色を加えられ、わかりやすくまとめられている。
話をするのが上手。好き。慣れている。ね。
相手の興味をそそるように、工夫を重ねるうちに、脚色が濃くなっていくカモ。
ひとりにつき5分くらいで、親戚縁者知人オールの人生を語れそう。起承転結もばっちりさ。

たとえば夫のおにいさんは、父に言わせると、こうだ。
若いときに父親を亡くし、まだ12歳下の幼い弟がいるため、大学進学を断念し稼業をついだ。
そして、苦労して弟を一人前にした。
ほぼ、あっていると思う。
でも、大学進学を断念し、という部分は、脚色だ。
父が勝手にそう信じている?だけだ。
信じているのかなぁ?それとも確信犯かしら。

ロマンチストなんだよね。
そしてナルシスト。まぁこれは大なり小なり誰でもそうか。

追伸(9月21日)

レッスンの途中で、先生に「栄養失調じゃないの?」と言われた。
歌うのは、どんだけ?ってくらいに体力と集中力が必要。
体調不良バレバレ。
レッスン中断。

「若くないんだし、無理なダイエットはよくないわよ」
と言われた。そうかもしれない。

肉。買ってきた(るん)。

追伸(9月14日)

朝起きてからすぐは、シャキっとしませんが、
日中は横になることもなく、パキパキしています。

追伸(9月11日)

歌うことも、描くことも、書くことも、
中途半端ながらも、細く長く続いている。

今は、来る日も来る日も、描いている。
憑き物がついている。

追伸(9月7日)

夜になると目の奥がズキュンズキュンしますが、
デパス(のジェネリック)を1~1.5mg飲むと楽になります。
夜はその他にリフレックスを15mg、ハルシオン(のジェネリック)を0.25mg。
これで確実に眠れます。

眠れないのはとても怖いです。
負のインスピレーション連鎖がエンドレスになる。
頭から追い出しても、追い出しても、連鎖が止まらない。

眠れるのは、とてもありがたい。
ふとんに入るのが怖くない!

追伸(9月6日)

そういえば、ここのところホットフラッシュがない。漢方が効いているのかな。

追伸(9月5日)

久しぶりに夜、空腹にがまんできなくて、
チーズ1個をチビチビかじりながら、ビール(もどき)350ccを2本飲んだ。
アルコール量としては、これくらい投入しないと「飲んだ」って感じがないな。

夜食抜きダイエット。ひと月で6キロ減。減らしすぎ。

追伸(9月4日)

チョウナンは、昨日の時点で、まだ仙台には行っていなかったのかも。

追伸(9月3日)

バカチョウナンが、バイクを持ってきた。
仙台から!
バイク一台のために。
事前連絡なしに。

「(立体)駐車場のカギ貸して」
って。
「車、使うの?」
って聞いたら
「必要な荷物、取りに来ただけ」
って。
「(カギ)返しにくるでしょ?」
と言ったら
「ポストに入れとく」
って。
どんどん去っていくのを走って追いかけながら、
やっとそれだけ会話した。

バカチョウナン。
バカヤロウ。

生徒さんが一緒だったのだけれど、驚いてた。
「だって。仙台でしょ。遠いじゃない!」
って。
「わたし、いいよ、また次でいいんだもの!」
って。
心配してくれてた。
それがフツウだと思う。

おかしいよ、あいつ。
バカチョウナン。

追伸(9月3日)

目の奥がギュンギュン痛い。
今まで何十時間続けてパソコンを見ていても、ヘーキノヘッチャラだったのになぁ。
目も年とるんだ。へぇ~

あれからも減量が続いている。
5キロ落ちた。
あと10キロ、落としたいなぁ。

追伸(9月2日)

ピグライフという、お庭あそびのゲーム。
数か月前は、3つのお庭を持っていて、それぞれ、しっかりお世話をしていた。
2、3週間前から、お庭を1つに絞り、2つは放置。
先日の「くまのぷーさん」のゲーム(クエスト)を最後に、何がうれしくてやるのかわからなくなった。
そしてきょう。
きょうは一度もお庭に行っていない。
起きると、トイレに行くよりも前にお庭をお世話していたのに。
お出かけ時も、電車の中でせっせと種を蒔いていたのに。
足を洗えたかな?

いいことだ。

最後まで無料会員のままで、すみません。
お庭でずいぶん、心がいやされたよ。

追伸(8月31日)

病院に行ってきた。
「クスリ、増やしますか?」
と聞かれた。
前回増やしたばかりで、このまま様子を見てみたいと思ったので、そう答えた。

胃痛で動けなかったのを、頓服を飲んで、なんとか病院に行ってきたけれど、
帰ってきたらぐったり。

でも、仕事はパワー全開で2コマしたよ。
わたしの元気の源だから。

追伸(8月30日)

毎日調子がいいというわけにはいかないな。
前に比べたらずっとマシですが。

追伸(8月29日)

配合飼料夜ごはんは、おつきあいのとき以外は抜いています。
お腹はすきますが、食べなくても平気です。

朝と昼は、シリアルをいただくことが多いです。
シリアルは、乾燥フルーツとナッツが豊富に入っています。
夫が試行錯誤をして3種類を混合したもので、わが家では「配合飼料」と呼ばれています。
牛乳とヨーグルトとオレゴ糖シロップをかけて、これでもか!ってくらいによく噛んでいただきます。
おいしいです。

息子がいれば、何か作ります。
夫はあいかわらず食欲がありません。
ゼリーとプ牛乳を少し、口に入れています。

追伸(8月29日)

調子のよい日が多い。
少し前までは、横になっていることが多かった。
ベッドがあれば、ベッドに。たたんでいるときは、枕だけ出してきてゴロ~ン。
ここ数日は、ほとんど横になっていない。(こともないか)(減ったけど)

リフレックス。いいかもしれない。
つらかったのはわたしの場合、1日目(翌朝)だけだった。

追伸(8月24日)

きのうの夜20時~と今朝9時~。飛び込みのご予約をいただきました♪
予定がかちあっていない限り、茂音パソコン塾では、ご予約を承ります。
仕事は楽しいので、元気ハツラツ。

リフレックスを夜飲んで眠ったけれど、すんなり起きて、すぐにテキパキ、できました。
心と身体が、軽くなってきているなぁと実感します。

追伸(8月22日)

きょうの体験の生徒さんは、バリバリ体育会系の方。
文系も好きだけれど、体育会系もいいなぁ~。
「うぃ~っす!」
ってのりでさ~。
テンポよくパキパキやったぜぇ~。

追伸(8月21日)

あまねく受け入れられるようにって
こじんまりスルことないよ。

あちゃこちゃはみ出てて、
ときには
コイツすげー嫌い!
って思われる場合もあるかもだけど、ね。

問題は人生で何がしたいか、だよ。
あたりさわりなく生きたいならそれはそれだし。
でもわたしはやめた。

右へ倣え、だなんて糞くらえ。
とんがってナンボ。
それで行くべ。おお!
この指と~まれ!

追伸(8月21日)

リフレックスを、昨夜から再開。
今週は午前中の仕事が入っていないので、試してみるチャンス。
寝起きは、先日よりはるかにマシだった。
午前中、少し眠り、今は、眠気もだるさもない。

久しぶりに、空腹感を強く感じる。
そういえば、副作用のひとつに、体重増加っていうのがあったっけ。
せっかく3キロ、減ったのに。

山梨旅行(8月21日)

山梨に行ったついでに、わたしら夫婦は石和温泉に一泊してきた。
ホテルにて岩盤温泉初体験。
1センチ弱ほどの大きさの、砂利石が敷き詰められた寝床に横たわる。
砂利石は身体の形にフィットして、痛くはないし、熱すぎることもない。
芯からあたためられて、身体中の汗腺から、ジョワ~っと汗が噴き出る。
体力を消耗するので、1回5分がわたしには限界かな。
休憩を入れながら、ふたりで5分を4回。
仰向け2回。うつぶせ2回。

そのあと温泉に行き、13階のワインバーで一杯。
大きな窓から見える夜景がきれいだった。
夏季限定で毎晩打ち上げられるという花火が窓に映えていた。

翌日は、ホテルですすめられたあやしい(失礼!)宝石庭園<注1>に行き、
昇仙峡には行きそびれ、
(殺人ごっこ<注2>をしよう!と盛り上がっていたのに残念!)
甲府駅近くのおいしいほうとうをいただきました。

夫が気遣ってくれたおかげで、ずっと元気でいられました。
ありがとよ。

<注1> ふたりのために往復送迎バスとガイド案内つき。&太鼓ショーもついて400円/人。(トルマリン買わんでスマンね~)
<注2> こっそり突き落とし、「きゃあ!あなたぁあ!」 と叫んで、泣き崩れる。

長男夫妻、両家顔合わせ(8月21日)

19日、山梨に行ってきた。
長男夫妻の段取りで、ホテルの一式にて両家の顔合わせ会。
会社員のおとうさん、高校の英語の先生というおかあさま。うちも夫とわたし。計6名。
このおかあさまが楽しい方で、わたしとふたり、声をとどろかせて、ピーチクパーチク。
何度もお腹をかかえてしまうような笑いあふれる会だった。
男性陣は口数こそ少なかったが、終始しあわせな微笑み。

長男夫妻は(仲居さんの案内で)向かい合わせで上座に座っていた。
掘りごたつ風にくりぬかれた畳の座敷。
見えないところにて、ふたりは「足」でご挨拶をしていたらしく、
”おかあさま”がそれを見逃さない。
「その足はなあに?まだがまんしなさーい!」
と、ふたりをからかう。
照れまくる、若いふたり。

まこと、みんな笑顔で、いい会だった。

心配することなどなかった。
お互いに、いいご家庭とご縁ができてよかったと、心から思えるような会になった。
長男の顔をつぶすことなく、安堵した。
大成功。

追伸(8月18日)

追加されたリフレックスなるクスリの副作用がきつくて、午前中、動けなかった。
3~4日で副作用も軽減するとのことだったが、これはちょっと無理。
飲むのはやめることにしよう。
2週間後、通院時に事後報告ということで。

追伸(8月17日)


病院に行ってきた。
12日の日記を印刷して持って行った。
クスリの種類と量が変更された。

日曜日、山梨に行く。
彼女ちゃん、14日?に籍を入れたそうなので、(義理の)娘、だね、
ご両親にご挨拶がてらの昼食会だ。

長男が、
「だまされないで。あの人は本当はこういう人だから」
と、わたしのことをいろいろと吹き込む。
「まぁいやだ。そんな人だったんだ!」
と、まゆをひそめる彼女。
そんなふうに、悪い方へと妄想がふくらむ。

妄想ではなく、本当かもしれない。
怖い。

長男は、立派になった。
ますます、頼もしいオーラが出てきた。

でも、わたしの息子ではない。
産んだのに、わたしの子ではない。
わたしには子どもがいない。
悲しい。

夢の中に、頻繁に、赤ちゃんのふたりが登場する。
抱っこしたり、乳をやったり、寝かせたりして、世話をするのだ。
ふたりは夢の中で、いつまでも、赤ちゃんのままなのだ。

追伸(8月16日)

きのうは、お墓まいり2か所、お見舞い1か所、そして実家に寄ってきた。
夫が疲れてしまい、ダウン。
わたしの方が元気で、きょうはふたこま、お仕事だ。

追伸(8月16日)

12日(日)は、姫(義母)の1周忌。
仲人さんご夫妻、亡義兄の長男、夫、わたし、次男。
そして、長男と彼女ちゃんが来てくれた。
長男は、披露宴をする間もなく、来月1日には仙台に行ってしまう。

お昼をうちの3人と長男、彼女ちゃんの5人で食べ、
駅までふたりを送り届け・・・
そして、あれやこれや・・・
夜、歩けなくなってしまった。

エレベーターから降りられなくなったのを、次男が玄関までひきずった。
玄関で倒れ込んだまま、動かないでいるところを夫がベッドまでかつぎこんだ。
涙が止まらなかった。
じっと動かずに、音も立てず、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙をこぼしていた。

生きたい理由と死にたい理由をひとつずつ数えていた。
死にたい理由がいくつもいくつも思い浮かんだ。
10本の指で足りなかった。

生きたい理由は、なんだろう。
孫の顔が見たい!
そう思った。
そう思ったけれど、テンションが少しも上がらなくて、
ふたたび死にたい理由を数えはじめた。

長男と次男は、夫と仲良しなのだ。
おそらく、10組の父子をランダムに選んだら、うちが、一番、ナカヨシ。
そして、10組の母子をランダムに選んだら、うちが、一番、ナカヨシデハナイ。

彼女ちゃんが、気づいた。
「なぜ、(おかあさんは自分の長男に対して)敬語なんですか?」
と言うのだ。

なぜ夫と息子たちが仲良しかって?
なぜ息子に敬語かって?
そんなこと、夫に聞いてくれよ。

「もう少し息子がおじさんになったら、普通にお互いに会話ができるようになりますよ~」
と、わたしは笑った。
笑いながら、長男の冷たい視線を感じた。

夫が悪い。
百万回でも一千万回でも、言いたかった。
400字詰原稿用紙が100枚あっても、書き足りない。

その日はしばらく自分では寝返りも打てず、
次男の携帯に電話してトイレに連れていってもらった。

立とうとすると、足のつけ根からくたくたと折れ曲がった。
手にも力が入らなかった。

追伸(8月9日)

からだが、特に肩、首回りがパンパン、カチカチで痛いので、
マッサージ初体験といきまっせ。
ホームページを作成させていただいておりながら、
未経験というのもあきません。写真も撮って来ようっと。
しんさやまY・T治療院さんです。

夜は、夫が食べないので食材があまり気味。
冷蔵庫の整理をイタシマシタ。オラ ノ オナカ ニ イレタ。ヘヘ。

追伸(8月8日)


まだ無理だな。
心と身体がついて来ない。
焦らず、何も考えずに、そのままここで漂っていよう。

戦国時代の武将じゃないのだもの。
負けても死ぬわけじゃない。
だいじょうぶ。なんちゃない。

=-=-=

「トムは真夜中の庭で」。
何十年ぶりだろうか、ハードカバーの古びた本を手に取った。
子どもの頃、強烈に印象づけられた物語だった。
めまいがするほどに、深く惹き込んでくれるだろうと期待したけれど・・・。
字面を追いながら、「なるほどね~」と、冷静に感心しているわけだ。
年を重ねるということは、つまらないことも多い。
少女のころの感受性の鋭さは、二度と戻らないのさ。

追伸(8月7日)

講習会のその後のあれこれで少し胃が重かった。けど、
生徒さんとのレッスンの間に、すっかり忘れてしまった。

追伸(8月6日)

昨日は講習会サブと狭山市の七夕まつりに行った。
講習会が終わってくれてほっとした。

夜は、七夕まつりでビールを1杯。それだけ。
(ダイエット日記か?)

追伸(8月5日)

きょうも心のお空にお日さまが見えている。
きのう、久しぶりに夜、お昼残したアンパンを1個、食べた。
そしたら200g体重が増えていてショック。
夜ごはんを食べない理由が、別の方向に向いちゃってるわやん。

追伸(8月4日)

ためこんでいた内勤業務のひとつを昨夜、仕上げた。
とっかかるまでが大きな山だったが、そこを超えたら楽に進めた。

今朝起きたら、心の空に晴れ間が見えていた。
雲はまだあるけれど、お日さまが見られてほっとした。

心って不思議。
毎日違う。

追伸(8月3日)

続けて夕食を抜いている。
食事に対して執着がなく、同時にノンアルコール生活も継続中。

きょうはお歌を休んだ。
先生には会いたい。
でも、玄関から外に出るその一歩が、地球の裏側に感じられるほど遠い。
心が沼の底を漂っている。

夫は食欲がなく、朝昼夜、ほとんど口に入れていない。
「だいじょうぶ。朝、牛乳を少し飲んだから」
などと言っている。
それも心配だ。

新しい仕事も・・・。
電話口で、山ほどわたしは文句を言っていた。
気づいたら、責め立てていた。
電話を切ってから、1日中、たくさんため息が出た。
そしてあれこれ考えた。
そんなことではまた胃が痛くなるな。ダメじゃん。

気分転換に、佐藤さとるのコロボックルを一冊読んだ。

追伸(7月30日)

きょうは夫とレジャープール(室内)に行ってきました。
元気になったなぁ~、わたし。
2時間ほど遊んだ直後、身体がちくわ(フニャフニャ状態)になりかかったけれど、すぐ復活しました。

夜ごはんはきょうも食べていません。
胃痛の恐怖の方が、食欲よりもまだ、勝っているのですな。
まる3日間、一度もシクシクしなかったら、ガッツリ、食べようと思うてます。
ビールも行くぜ!

追伸(7月29日)

夜ごはんは食べていませんが、胃痛が来て、
でも、薬を飲んだら治まりました。よかった!

勉強の持久力はアリマセンね。
それからiPadのせいで目が痛い。
気分転換に、(iPadはやめて)文庫本を2冊読みました。
ももちゃん(松谷みよ子)とクプクプ(北杜夫)。40年くらい前に買った本です。


昨日のSkypeでの打ち合わせ。
突然モニター全面に相棒の顔が大きく映し出されて
「うわっ。顔はナシ」
と、思わず。
そのあと、わたしの心の中で反省会が延々と続けられてしまったのですな。
(反省しろよ、反省!)

夫と息子に相談したら
「知るかっ」
と冷たく突き放されるしなぁ、まぁ、聞かれても困るやろけど。

多分それらが原因です。

なんてか、男同士の感覚なので、ね、だから、
わたしはオトコのつもりなんすよ、
このモニター、特大ですしね、
いくらキュートでも、おいおい、ってなわけだわ、しかし、
もちっと言い方があったろう。と、クヨクヨモードだったんです。

まだまだヤマイは抜け切らんとよ。

追伸(7月29日)

夜ごはん抜き日記になりつつあります。
体調はよいです。仕事が充実しているから、ということも大きいでしょう。

追伸(7月28日)

昨日も今日も夜ごはんを抜き、快調です。
「様子を見て、改善しないようなら胃腸の専門家に見てもらってください」とのこと。
加味なんちゃらの漢方薬も処方してもらいました。

追伸(7月27日)

昨夜も夜ごはんを抜き、無事に胃痛ナシで過ごせました。
きょう病院に行くので相談してみます。
副作用のせいかも。

仕事の展開も相談しようと思います。

追伸(7月25日)

夢が一度に2つ、かないそう。
それから、胃痛が怖いので夜ごはんを抜いたところ、(そのせいか?)胃が痛くなくてうれしいぜ~。

追伸(7月24日)

このところ、夕食後、10分くらいすると胃が痛くなる。

病院でもらった胃炎の薬を飲むと30分くらいすると楽になる。
それでも改善しないときは、さらに、「胃痛の頓服」を飲む。

それがきょうは治まらず、座っていることができない。
横になって、もだえていた。
治まる気配がないので、次男の部屋へ行き、
「病院への車だし、頼むかも」
と。
「いいよ~」
と次男。息子が運転できるのは助かるなぁ~。

いざとなれば息子がいる。
そう思ったら、(そう思ったからか?)少し痛みが遠のいた。

お腹が痛いのを口実に、息子の部屋で5分くらい、くつろいだ。ラッキ~。
普段は早く出ていけと言わんばかりに怖いのよね~。わが家の大ボスっす。

そのあとも30分くらい、じくじくしていたが、がまんできた。
そして、今、やっと忘れていられるようになった。
せっかく忘れていられるのをわざわざ思い出すこともないしな。

きょうの胃痛は長かったなぁ。
痛いのはイヤよねぇ~。^^;
乗り切るのに、ラマーズ法もやったぜ~。ふ、ふ、ふ~♪

追伸(7月24日)

昨夜は「おまじない」なしに眠りました。

数十年間、夜眠るときにブツブツ唱えている「おまじない」。
効果は薄いですが、かき乱れる気持ちを鎮めてくれます。

昼間も、ときどきつぶやいてしまいます。
昼間の場合は、しでかした何かを思い出し、瞬間的に、「XXX XXXX」と。

昔はともかく、最近は、本気で思っていません。
積み重ねてきたあれやこれは、
コンナ ワタシ ナド シンデ シマエ と、
思わないでいられる効果があったようです。

「死」はわたしにとって親友のようなものでした。
彼がいつもそばにいてくれる。
いざというときには、彼がいる。
そうしたやすらぎ、よりどころ、がありました。

こちらとあちらの間にある壁は薄く
手を伸ばせばすっと入っていかれそうです。
でも、今そこへ行くのは惜しい、と、思えるようになりました。

大きく沈み込む波が来ているときも、
「おまじない」をつぶやきながらも、「惜しい」と。

追伸(7月23日)

くよくよ防止の目的で、種を4つ撒いたところ、そのうちのひとつに、小さな実らしきものが。
他の種もあきらめずに、引き続き、お水をやりましょう。

追伸(7月21日)

何かにくよくよし始めると、何日もとらわれてしまう。
そのうちまた胃がキリキリしてくるで~。
胃痛も、くよくよも、ヤマイのせいだな。

追伸(7月21日)

何週間か前、駅の階段を上るのがしんどくて、エレベーターに。
男性がわたしをキっとにらみ、
「やはりエレベーターに乗る人は年配の方が多いですな」
と。
(笑顔を返した。とびきりのヤツだよ~)

このところは階段がへっちゃら。
こんにゃくみたいな身体に、「骨」が装填された模様です。
今に3段跳びでかけあがっちゃるぜっ!

追伸(7月20日)

自分をオオカミ少女だと思っていた。
そのたとえはおおげさではなく、本当にモノを知らない子どもだった。
両親はふたりとも「教える」ということができない。

ことわざ、英単語など、食事の時間に覚えさせられた。
父は「教えた」と言うかもしれないが、残念ながら「それ」は含まれない。

日常生活、社会での基本。
たとえば、
あいさつ、言葉づかい、整理整頓、規則正しい生活、礼儀作法、などを
必要に応じて、
繰り返し伝え、理解させ、
きちんと理解できている(ハズ、ではなく)にもかかわらず、
守れなかった場合は、注意する。
わざと守らなかった場合は、叱る。
それが、「教える」ということだ、と、思う。

何かができないと、その日の気分で
(その日の気分で、という部分を論証するにはここでは言葉が不足だが)、
ふたりはいきなり殴る。ののしる。
なぜふたりが怒っているのか、理解できないことが多かった。
このオオカミ少女は、両親は知らないと思うが、学校や社会で、とても苦労してきた。

今でも、ときどき怖いのだ。
知らずに <何かしでかして> いるのではないだろうかと。
自信満々に堂々と生きているように見えるかもしれないけれど、
いまだにトラウマを抱えている。

オオカミに育てられた少女は、最期まで、ニンゲンにはなれなかった。
比較すれば、少しはわたしはニンゲンに近い。
さもニンゲンであるかのように、あざむいて!生き続けることだってできる。

それでガマンしなってば。ね?

追伸(7月20日)

なんちゃってキラキラだな~。

心の風船がぷぅ~んとふくらんだり、しゅ~としぼんだり。
ふくらんだり、しぼんだり。
するよね~。
みんな、おんなじだよ。

追伸(7月20日)

からだが希望でキラキラするの。
ふわぁ~っと、すてきなものが膨らんでくる。
その日によっていろいろだけれど、
でも、前よりずっと、元気出てきているよ。

来週、プールの体験に行ってくる!
第4次、だっけ、プールブーム到来、かも。
前のブームのとき、背泳ぎ連続1キロ、達成したから、
今度は、クロール、がんばろう。
体力もつけたい。

てか、
泳ぎたいの。
すごく泳ぎたい!

追伸(7月16日)

期待マンマンで挑んでみえるのに、結果、
それを<わたし>が<はずした>とき、
相手の方の大きな落胆を感じることってあるよね。

ピンポイントの期待。
と、感じるのは、わたしの主観。
その方にとっては<大きな>はずれ。

わたしは、プロのカウンセラーじゃないんだ。
力及ばず、申し訳ない。

追伸(7月16日)

久しぶりにつぶやいたら間違えました。
TwitterとFacebookの再開は、もうしばらく控えます。
失敗したときの落下が半端ないですし。

睡眠導入剤。元の量に戻してオッケーだった。ヤッホ~。
体調も悪かったり良かったりするけれど、長い目で見れば良くなっていく。
もっと長~い目で見れば、あちらこちらのパーツはへたれてくるのだな、ケセラセラ♪

追伸(7月13日)

睡眠導入剤が効かなくなった。
デパス系2錠とハルシオン系1錠。
ここ数日、デパス系を1錠、追加。

追伸(7月13日)

婦人科診察2回目。
血液検査でオスミツキをもらった。
「3人目はもう産めません」
と。(とは言わないか)

ルンルン、ちゃかちゃか動ける日もあるけれど、
動けない日もある。
何をしても楽しくなくて、なんにもしないときも、ある。

追伸(7月9日)

家の中をちょこまか動くようになった。
それで筋肉痛。
ってくらいに、動いていなかった。
ということだ。

追伸(7月5日)

せっせと水分を補給しています。
「薬と思って飲みなさい。いっぺんには飲めないので、いつもそばに置いておくように」
と、アドバイスを受けました。
熱すぎるもの、冷たいものはダメ。カフェイン、糖分を含むものは控え目に。

主に麦茶、青汁粉末を飲んでいます。
汗が多いので、数リットル飲んでもまだ足りていないようです。
ギンギンのエアコンが気持ちいいです。
氷水に顔をつけこみたい・・・。

追伸(7月5日)

「食前」に飲む漢方薬。飲むタイミングを逃しがち。
なぜ食前に飲むのか、という理由をサイトで検索
よ~く読んで理解して、しかと、インプットしました。
理由が納得できれば、うっかり飲み忘れることも減ることでしょう。

漢方は、食前(食事の30分以上前。空腹時)に飲まなければ<損>のようでっせ。

漢方が効いている!?のか、こんにゃくのようなカラダ。多少、「歯ごたえ」が生じてきました。
エネルギッシュに動ける時間が増えています。

きょう、祖母の家にいる夢を見ました。
何十年も前の光景です。
夢の中でいとこが10人ほどいました。
妹は同じ学年のいとこと遊んでいました。
わたしは仲間外れ。
ひとりで読書三昧です。

昔の小さい傷がキュンとうずくような夢でしたが、
祖母の家で、本をたくさん読めるのが当時は、うれしかったです。

追伸(7月3日)

膀胱炎を併発しているので、水分を多量に摂取しなくてはなりません。
更年期障害の付録で来たもよう。
麦茶、日本茶、粉末青汁など、ぬるいヤツをこまめにナ。
せっせせっせと、飲みまっせ。二リットル、がんばれ。

追伸(7月2日)

心は安定しています。
そのおかげで、体重1キロ強、落ちました。
「不安」が食べ物を欲していたのだなぁとあらためて認識。
飲酒量も減りました。
休肝日を増やせそうです。いいことだ。

更年期障害?の症状とは、しばらくつきあうようです。
顔がぽっぽと暑いです。
いくら水分を摂取しても、みんな汗になります。

一時的な症状では、
鼓動が急に早くなったり、身体がふにゃふにゃな感じ(虚脱感?)になったり、頭痛、肩こりに見舞われたり。
ですが、いずれも耐えられないほどではありません。

「やる気」という面は、あかんですな。
内勤業務は、各所、放置状態ですわ。

追伸(6月28日)

婦人科、受診してきました。
まずは漢方薬(加味逍遙散)で2週間おためし。
即効性はアリマセン・・・。

バリバリ働くオバチャンに戻りたいゼ~

追伸(6月27日)

一連の症状は、いわゆる「更年期障害」なるものも、からんでいるのだろうか。
精神的な症状が安定してくると、肉体的な異変にスポットがあたる。

追伸(6月26日)

妹とメールのやりとりをしながら気づいた。
心臓の剛毛を育てたり、器を大きくするだけじゃダメなんだ。
人を見るためのメガネを増やす必要もある。

「おかあさんはピュアでかわいい人なのでは?」
という助言をいただき、「なるほどそうか」と、気づく、
その発見は、「違うメガネを1つ、かけることができた」ということ。
メガネを変えることにより、違う母が見える。

なんでそういう言動をするんだよ、と腹を立てながらも、
「だってバカなんだもん(←ひどい)、しょうがないよなぁ~」と受け入れるのと、
「ピュアでかわいい人なのよね」と受け入れるのとでは、雲泥の差だ。

追伸(6月25日)

きょうは朝から心臓が早打ちしていて止まらない。
午後になってさらに早打ち。
更年期障害の症状かな。
安定剤(デパスのジェネリック)で(かどうか?)落ち着きました。

追伸(6月24日)

22日に、2回目の診察に行ってきました。

病院というものは、診察し、診断し、処方するところです。
待合室に大勢いて、ひとり3分くらいで次の人が呼ばれます。
わたしの診察も3分で終わりました。

「どうですか?」
「クスリの飲み始めは、つらかったですが10日ほどで慣れました。
心のぐるぐるの不安は消えました。
縦のものを横にするようなことが、できるようになりました」
「そうですか。では引き続きクスリを飲んでください」

間違った判断をされないよう、正確に状況を伝えられればそれでよし。

初回こそ、とおりいっぺんのことを聞かれますが、
それも、相談というよりは、情報収集ですね。

妹から、落ち着いたら「医療と連携したカウンセラー」または、「心理相談員を置いている病院」に変えることを提案されました。

追伸(6月21日)

小舟でひとり
闇の海原
嵐の中
もみしだかれ
上も下もわからなく
心がぐるぐるかき回されて
胸がドキドキして
金切声で叫びたくなる

そんなふうに
毎日が「不安」だった
漠然と、不安だった

そんな不安が消えている

きのうは来なかった
きょうも来ていない
どうかあしたも来ませんように

追伸(6月19日)

昨日、今日と、ためこんでいた内勤業務(その1)に取り組んだ。
息が苦しくなったり心臓が早打ちしたりめまいがしたり冷や汗が出たり口が渇いたり・・・
するかなぁ~?と思ったけれど、だいじょうぶだった!

完成させることができた!やった!ピョンピョンはねたい!

追伸(6月14日)

絶好調なのは、レッスン時だけだった。
夜ごはんはわたしだけだったので、冷凍庫のご飯をチン。
食べられるものなら、凍ったままでもいいってくらいだ。
「チン」が、「チン」だけなのに、しんどい。
それでも「チン」する。

なぜなら、
お腹が痛かろうが、食欲がなかろうが、熱があろうが、
3食、<完食>するよう、幼少時より、<訓練>されている。
妹が何時間もかけて、のびきったラーメンを泣きながら食べていたのを思い出す。

よって。
とにかく食べる。どんなときでも。
(いいことだ!)(と遅まきながら気づく)

食べることは生きること。
生きることは食べること。

追伸(6月14日)

倦怠感は、夕方ごろになると消滅し、「絶好調」になりますな。

追伸(6月12日)

クリニックに行ってきた。薬を処方していただき、次回は10日後。
今朝クスリ(抗鬱剤)を飲み、まだ飲み始めたばかりということもあり、
心と身体に違和感(倦怠感)を覚える。
長期戦なので、ガンバレ!

追伸(6月9日)

たとえば母は、わたしの弱い部分を「根性の不足」でかたづける。
「過去をうじうじ引きずるんだから。病気にもなるわよ!」
と、子どものころ怒られた。
弱音を吐いてはいけない対象のひとりだ。

ならば。
彼女は、人生で、心が折れた経験がないのだろうか。
もしくは、すべて、「忘れる」という明快な方法でのみ、乗り越えてきたのだろうか。

否!

「忘れる」ということに、自身、成功してやしないじゃないか。
何十年も前のことを引き合いに、父をいまでもいびり続ける。
いびっても溜飲が下りず、わたしにグチる。

「わかるけど、お互いさまでしょう~^^」
と、うっかりいなしたら、激高し、
「そんなことはない!あなたは知らないんでしょう!」
と。
「わたしは悪くない!」
と、言う。

父に関して、母はいつ心のコップの水があふれてもおかしくないのだ。
恨み続けているのだ。
そんなあなたに、
「過去を忘れなさい」
と言われる覚えはない。
弱みを見せるなと言われる覚えもない。

人は弱い。
あなたも十分に、弱い。
弱っちぃよ。
守ってあげなくちゃならんほどに、弱いんだ。

追伸(6月9日)

11日(月)に、クリニックに行ってくるべ~よ。2週間前かな、予約したのは。混んでるね。
早く元気になって、助けてさしあげる(=コップの水を減らしてあげる)側になるべ。

追伸(6月9日)

うつ病チェックをネットでいくつかしてみた。
「重度」から、日々、改善してきていることが分析できた。
ここ10年近く?ずっと元気だったから、「うつ病」なるヤマイの存在を忘れていたな。

過去がどうの、身内がどうの、は、別途なのか平行してなのか。
まずは、うつ病的な状況から脱出しなければならない(のだろうな、わからんわ、医者じゃないけ)。

大好きな番組を見ても、少しも楽しくなかった。(ない)(今もままそうだ)
何かしなくちゃと思っただけで、ほんのささいなことでも、めちゃくちゃしんどかった。(どい)(今もままそうだ)

あらためて。
わたしの一番の楽しみは、「レッスンの仕事」なのだと、思った。
生徒さんと会うのは楽しい。
テレビや本やゲームが楽しくないときでも、レッスンは楽しい!

先月、一度、レッスンをキャンセルさせていただいた。
その日の午前中が一番きつかった、今思えば。

それ以降は、ずっと、生徒さんと一緒にお勉強できて、楽しいよ~。
妹、夫、お歌の先生に助けていただいているから。だ。よ!

他はまだまだ、しんどいけれど、ね。
メシ、作りたくねぇ~、とか、ね、ギリギリ作っている!?ケド。

追伸(6月6日)

少しずつ元気なわたしに戻りつつある。
ただ、
「あら?元気なかったときってあったの?」
と言われそうですケド。スンマセン。

お歌のレッスンで、先生が、
「そういう言い方をなされるのは、ピュアだから」
と身内を弁護してくださった。
「贈ったものを、そんなものいらない。うちにもっとおいしいものがあるもの、と
そんなふうにつっかえしてくる人がいるの。
そういう(ふうに本音を言う)人って、結構いるのよね」
「離れていく人もいるけれど、本音を言ってくれてありがたいと。考え方次第」
「ものさしはたくさんあっていい」
と。
「過去がなければ今のマツイシさんは存在しないでしょう?」
「平穏な日々だったらよかったと思う?」
とも。

先生の言うとおりだな。

わたしの小さな小さなものさしで、「最低!」と判断を下してしまうのか。
それとも、「ピュアでかわいい人^^」と、ありのままに受け入れるのか。
後者の方がカッコエエに決まってるやん。

追伸(5月30日)

「あなたは本当はとってもいい子よ。大好きよ」
と、心から抱きしめてくれる人が、小さい子のそばには、いてほしい。

どんなに人間性を否定するような言葉で愚弄されても、
どれほどに憎しみを込めたまなざしのまま、力にまかせて殴られようとも、
そのまま何年も、そうした行為を続けられようとも、
もしも誰かひとり、ときどきでいい、そうして抱きしめてくれるなら、
その子は心を大きく壊すこともないだろう。

高校のとき、壊れたわたしを、2歳下の妹が抱きしめてくれた。
わたしが今、こうして<とりあえず生きている>のは妹のおかげだ。
ただ、もう少し早く、そういう人がいてくれたら。今さら言ってもはじまらない。

傘寿の会で、さらに別の「スイッチ」が押されてしまった。
昔のことが、次々と、思い出されてしまう。
安定剤を飲んでも、心にお日さまがあたらない。
暗く臭く狭く、湿った場所の隅っ子で、
ひざをかかえ、うつむいて、ひとりぼっちで座っているような。

不思議と。
仕事となると、「変身」する。
きっと誰も、わたしの異変には気づかない、わたしはプロだ。
でも、
しんどいな。

生徒さんを百万ボルトの笑顔で見送ったあと、
ジェットコースターのように、降下する。
くらくらする。
なんとかしないと。
2月からなのだろう、ずっと心の具合が悪いのだから。

妹がね、忙しいのにわたしのために動いてくれている。
ごめんね。
ありがとう。
妹はわたしの「おかあさん」なの。

元原稿(5月28日記載)

昨日は父の80歳のお祝い。傘寿(さんじゅ)の会だった。
ピアノのあるサロンを借り切り、親族でのコンサート形式だった。
参加者は、父母、妹家族4人、うちの家族4人プラスお客さま1人。
演奏は、ピアノ独奏、バイオリンとの重奏、独唱、合唱。
内容は、コンサート以外には、花かご贈呈、プレゼント贈呈、ケーキ、全員でのハッピバースデイの合唱などなど。
各自、料理や飲み物の買い出し、盛り付け、司会、乾杯、などを役割分担した、「手作りの会」だ。
(以下、毒文につき注意)

わたしはその日に向けて、練習を重ねていた。
しかし、日が近づくにつれ、緊張が高まった。

数年前の、父母の金婚式のことを思い出してしまうのだ。
その日、心をこめて時間をかけて描いたふたりの肖像を、母が
「かわいくない!」
「こんなのわたしじゃない!」
と、言い捨てたのだ。

母からは、おわびいただき、形の上では仲直りをした。
しかし、人の性質は簡単に変わるものではない。
同じようなことが起こるのではないかと、不安が募った。
怖かった。

何が起こっても、ケセラセラ。平常心でいよう。オルウェイズスマイル。
わたしは妹へのメールに、そう書いた。己が日々鍛えつつある心臓の剛毛を信じたかった。
マラソン選手が本番に備えて心身を調整するように、わたしも調整をしていった。

しかるに・・・。
(会は大成功で、わたしの異変に気付く人はいなかっただろうが・・・)

今も心が波立ってやまない。
わたしは会の最中、2度、母への殺意を覚えた。
強い殺意ではないにせよ、殺意は殺意だ。
母のせいで心が乱れ、練習の成果が存分に出せなかったことが悔しくてならない。

妹は、帰りの車の中で、
「しかるべき専門家の元で、父母にも来てもらい、(子どものころからの)過去を、洗いざらい出した方がいい。
ふたりに悪かった、と、あやまらせた方がいい」
とアドバイスしてくれた。
わたしは、
「もういいの。ふたりは育て方に誇りを持っている。正しかったと信じている。
そのまま安らかにあの世に旅立たせてあげたい」

と、そうは言ったものの。
家に帰り、あらためて妹の言葉を思い起こした。
「ふたりに介護のお世話をやさしくしてあげられるの?」
という妹の言葉を。

やさしい気持ちで介護ができるのだろうか。

ヘルパーさんに見つからないような陰湿な方法で虐待するというのはどうだろうと思い浮かんだ。
故意に考えようとしたわけではなく、自然と、心に思い浮かんでしまったのだ。
動けないでいるふたりに、針よりも細いものを、深く、深く、突き立ててみるのはどうだろうかと連想が膨らんだ。
発見されにくく、仮に発見されても、あやしまれるようなことのない方法はどうだろう。
かつ、激しい痛みをともなうというのはどうだろう。

妄想しながら、波立っていた心がすっと治まっていくのを感じた。

無意識に次々と湧き出る考えは恐ろしいものだった。
魔物がまだ、心の深いところに巣食っていたのだ。
いや、しかし、彼らのわたしに対する数々の仕打ちを考えれば、これくらいかわいいものだ。
かわいいものだ!
そう、百万回でも大声で叫びたい。

だからと言って。
魔物たちをそのまま住まわせていていいのか。
通常、封印されてはいるものの、消えてなどいなかったではないか。
こいつらがまだここに、この胸の奥に潜んでいたのだと、気づかされてしまったではないか。

妹の言うように、専門のカウンセラーで、相談した方がいいのだ。
父と母に、
「若かったこともあり、至らない点があった。悪かった」
と、あやまってもらった方がいいのだ。
きっと・・・そうなのだ。
もちろん!
両成敗だ!わたしもわびる!
すがすがしい解決を導いてくれる、プロフェッショナルな専門家に出会えることを祈ろう。

過去のことは忘れようとしていた。
心臓の剛毛を鍛えることで、父母を心からゆるせるようになるのだと信じていた。
しかしそれは
「クサイモノニフタ」をしただけだったのだろう。
ヤツラは、ところかまわず勝手にフタを開けて飛び出し、徒党を組んで大騒ぎをするのだよ、きっと。

本物の強い人になるために、
心臓に、本物の剛毛を生やすために、
新たな一歩を踏み出すべきなのだ。
父母に対する愛は、今はまだ、安物のまがい物ではないか。

愛しているふりをするのは簡単だけれど、本当に愛する道は、険しい。
愛するということは、忘れるということではないのだ。

老いたふたりの背中を小さくて感じて、いとおしく感じただと?
そんなことくらいで、愛せたような気がしただと?
過去を水に流せたような気がしただと?
甘っちょろいのもたいがいにしろ。

本当に愛するというのはそんな生っちょろいものではない!
そうなのかもしれない。
でも、あきらめないよ、わたしは。