それぞれの持つ、コップのサイズは決まっている。
そこに、水が溜まっていく。

受け入れる水の量に、余裕があるときは、
自分を客観的に見られる。
他人にもやさしくしてあげられる。

しかしながら、
どれほど心臓の剛毛を育て、
器のサイズを広げても、
コップの水が、いっぱいになり、
あふれてしまうときがある。

心がパツンパツン。
いっぱいいっぱい。

そんなときは、
自分の心の叫びが聴こえない。
ましてや、他人の声は届かない。

 # コップの水がいっぱいになってしまいました
 # どうしたらよいでしょう
と、困りはてた人がそこにいる。
それなのに、
わたし自身のコップの水もいっぱい。
助けてあげたいのに、助けてあげられない。

苦しいけれど、でも、仕方ない。
そういうときは、
まずは、自分のコップの水が減るまで待つ。

たとえ「時間」に「余裕」があろうとも、
助けてあげられない自分を責めたりしない。
時間とコップは別なのだ。

まずは、自分のコップの水が減るまで待つ。

水が減らなきゃ、やさしくできない。
ガンバルだけが愛じゃない。
しばらく距離を置くこともまた、愛。

コップの水の減らし方1につづく)

おはなし:かめきち先生
勝手な解釈:弟子のまついし