来談者中心療法 続き

お相手の話を傾聴する上で大切なことは、
感情の言葉を書きとめ、
その言葉について理解を深めること。

その際、お相手の感情に巻き込まれる聴き方(=同調)をしない。
相手の私的世界を自分自身も感じつつ、理解する(=共感)。

もしも感情の言葉が「かたち」になっていない場合は、
こちらで「かたち」にして取り出し、お相手に伝える。

「事柄」をどれほど多く傾聴したところで、「進展」はない。

 ***

たとえば、
「これほどつらい、これほど信じがたい、これほど衝撃的な事柄があるのです」
と、わたしがカウンセラーに伝えたとする。

そのとき、カウンセラーが、
「事柄」の奥にある「わたしの感情」をくみ出すことをしなければ
わたしはさらに多くの事柄を並べ立てることだろう。
「どうしてわかってくれないのですか?こんな目にも、こんな!目にもあったのですよ」
と。

いくら多くの事柄を、カウンセラーに聞かせたところで、わたしは満たされない。
そのときの「感情」をくみ出してもらうことで、はじめて心が満たされるのだ。

わたしは満たされないまま、
さらに多くの「事柄」を、相手に見せようとする。
これでもか、これでもか、と。
そのうち、「事柄」を見せることそのものが、目的に(ゲームのように)なってしまう。

 ***

したがって、
お相手の「事柄が生じたときの気持ち」、
「事柄」を伝えたくなったときの「気持ち」に焦点を当てる。

「不安なのですか?」
「どんなふうに不安なのですか?」
「嫌われた、見捨てられた、怒られていると感じて、不安だったのですね?」
「ダメな人間だと、あきれられてしまったのではないかと、不安だったのですね?」
「ご自身も、自信をなくされて、不安だったのですね?」

そんなふうに、「感情」をくみ出し、要約して相手に伝え、理解を深める。
そのとき、お相手のコップの水が減りはじめる。
コップの水が減ることで、お相手は自分自身で、
何が問題なのか、どうすれば解決できるのかを考えることができる。
その土壌ができる。

 ***

道を大きくはずしていました。

誰が主体で、誰が誰のカウンセリングを受けているのか。
混乱しているということに、わたしは気づいていませんでした。
「交差点でどちらの信号も青」、という状況です。
あっと言う間に事故や渋滞が生じ、
関わる人(すべて?)のコップの水はあふれかえりました。

また、
セールストークや仏教が織り込まれた中に、
「子をほめられて悪い気のする親はない」
という先生の話を、都合のよいように改ざんしたものをわたしが混ぜ込み、
さらに自己流のアレやらコレやらを混ぜて、コネコネし、
最終的には、「来談者中心療法」の「ら」の字もないような形にしていました。

 ***

基本に立ち返ります。

来週、移動図書館が「来談者中心療法」の本を届けてくれます。
> ロジャーズ 「クライエント中心療法」
> 佐治 守夫/編 東京: 有斐閣 1983年01月